ローマの市街地にいきなり現れてびっくり「パンテオン」&「アドリアーノ神殿」

イタリア編

もう一度トレビの泉の方へ戻り、そこから「パンテオン」に向かいます。

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トレビの泉からムラッテ通りの方へ向かい、ピエトラ通りをピエトラ広場の方を歩いていると、いきなり大きな柱が見えてきます。

コチラは、古代ローマの神殿の跡地「アドリアーノ神殿(ハドリアヌスの神殿)」

神格化された古代ローマ帝国のハドリアヌス帝のために、後継者のアントニヌス・ピウスによって建てられた神殿だということです。

 

歩いていたら、こんな面白いものを飾っているお店を見つけました。かっこいいです。

 

ローマは、本当に不思議な街です。またもや、突然巨大な建造物が現れました。

 

ローマと言えば、この「パンテオン」が真っ先に浮かびます。

「パンテオン」とは、ギリシア語の「すべての神々」という言葉に由来しているそうです。

 

最初のパンテオンは紀元前25年、初代ローマ皇帝「アウグストゥス」の側近である「マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ」によって建造されたそうです。

最初のものは火事で消失し、現在目にすることの出来る「パンテオン」は、118年から128年にかけてローマ皇帝「ハドリアヌス」によって再建されたものだそうです。

2000年も前に、このような巨大な建造物が建てられたなんて…信じられません。

 

コチラは、パンテオン前のオベリスク

エジプトのラムセス2世が、エジプトのヘリオポリスの太陽神殿に建てていたもので、カリギュラ帝がイシス神殿のためにに運んできて、その後教皇クレメンス11世によってこの場所へ移動されたそうです。

 

パンテオンの前には、馬車もあります。

 

パンテオンの内部に入ります。

床からドーム頂部までの高さは43.2mで、ドームの直径も同じ43.2m、頂上部分にはオクルス(ラテン語で「目」の意味)と呼ばれる開口部(直径9m)があり、これは光を取り入れるために造られています。

この天井の穴は、日時計の役割もしたということです。

 

「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の墓」

ヴェネツィア広場にもこの方の大きな記念堂がありますが、近代イタリア統一の立役者でイタリア王国の初代国王、近代イタリアの英雄とも言える方ですね。

 

コチラは「ラファエロ・サンティの墓」

聖母像で有名な「ラファエロ」です。

下の方に墓があるのですが、あまりにも人が多くて写真は上の方しか撮れませんでした。

ラファエロは、教皇庁内での高い地位と俸給を伴うローマ教皇の近侍の地位についており、ローマ教皇黄金拍車勲章を授与され、ナイト爵位も所持していたそうです。

そして、ラファエロの遺言通りにパンテオンに埋葬されたそうです。

 

メロッツォ・ダ・フォルリのフレスコ画「受胎告知」

 

内部の祭壇

 

他にも色々な絵画や像がたくさん…

 

内部は充分見たので、今度は裏側から見た「パンテオン」

 

暫く行くと、面白いオベリスクがありました。

像が台座の「ミネルバ・オベリスク」で、コチラも「ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ」の作品です。

 

大通りに出たので、右側に折れてバチカン市国の方へ歩いて行きました。

17世紀初頭に創建されたバロック様式の「サンタンドレア デッラ・ヴァッレ教会」がありました。

内部には、ベルニーニ作「洗礼者ヨハネの像」やドメニキーノのフレスコ画「聖アンドレア伝」など、数々の芸術品があるそうです。

ファサードの芸術性もかなり高いです。

 

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